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名古屋地方裁判所 昭和37年(レ)105号 判決 1964年3月17日

控訴人 伊藤武子 外六名

被控訴人 国

訴訟代理人 林倫正 外三名

主文

原判決を取消す。

常滑市字山方一三八番宅地五四坪の土地は控訴人等の所有なることを確認する。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。

事  実 <省略>

理由

亡伊藤金七が本件第一審の訴訟を提起したことは本件記録上明らかで、同人がその後昭和三七年一〇月五日死亡したこと、控訴人伊藤武子はその妻、その他の控訴人等はその直系卑属なることは右控訴人等の訴訟手続受継申立書添付の戸籍謄本によつて明らかである。従つて同人等が亡金七の相続人としてなした右受継申立は適法と認められる。

次に本件土地常滑市字山方一三八番宅地五四坪は亡伊藤宗九郎の絶家財産で、親族たる伊藤竹蔵が保管人となつたことは当事者間に争いがない。

控訴人等は右宗九郎の死亡は遅くとも明治一七年以前で、当時の法令により本件土地は絶家後五年を経て国の所有に帰したものであると主張するのでこの点について判断する。

成立に争いのない甲第二号証に伊藤宗九郎絶家保管人伊藤竹蔵なる記載のあることに徴すれば、右宗九郎の死亡が和年二二年法律第二二二号による改正前の民法の施行期日である明治三一年七月一六日より以前であることを推認出来、かつ民法施行前の法令である明治一七年太政官布告第二〇号によれば、単身戸主死亡後満六月以内に跡相続者を届出ざるものは絶家とすと定められていたことを考慮すると、右宗九郎は遅くとも右施行期日より満六月を遡つた明治三一年一月一六日以前に死亡したものと認めるべき筋合であるが、より的確な時期を定めることは困難である。しかし原審証人伊藤武子、原審及び当審証人筒井幸次郎の各証言によれば宗九郎は竹蔵の父伊藤艶松の兄弟に当ると推認され、かつ成立に争いのない甲第一号証の一によれば竹蔵な安政二年三月三日生まれであるから、その伯父又は叔父に当る完九郎は明治二〇年代には仮に在世していたとしても当時としては相当の高齢である六〇歳を越えていたものと推測され、遅くとも明治二五年中には伊藤家は宗九郎の死亡により絶家となつていたものと認めるのが相当である。

そして当時の法令によると絶家の財産は五ヶ年間親族又は戸に於て保管し、右年限後は親族の協議に任じ、然らざるものは官没すべきものとされていたところ、本件土地について親族の協議又は官没処分がされたことを認むべき資料はないから、本件土地は民法施行当時無主の不動産となつていたものというべきで、従つて同法施行と同時に同法第二三九条第二項により国庫の所有に帰したものと認められる、右と所見を異にし本件土地は民法施行法第九二条及び改正前民法第一〇五一条により民法施行のときから法人たる相続財産として存続しているとなす被控訴人の主張は採用出来ない(仙台高裁昭三一(ネ)第三〇八号三三、三、一五判決下級民集八巻三号六六頁参照)。

しかして成立に争いのない甲第三、四号証及び原審証人伊藤武子の証言によれば、亡伊藤金七は大正一三年中に本件土地上に木造瓦葺平家建一二坪四合の住宅(家屋番号常滑八六七番)を建築所有し、以後昭和三七年死亡に至るまで引続き右家屋を所有することによつて、その敷地である本件土地を、所有の意思を以て占有し、これに対する公租公課をも支払つてきたことが認められ、右認定に反する証拠はない、そして他に反証がない本件においては右占有は平穏かつ公然に行われていたと推定すべきである。

従つて亡金七は遅くとも右家屋建築の翌年である大正一四年一月一日より満二〇年を経過した昭和二〇年一月一日までには、本件土地の所有権を時効により取得したというべきで、控訴人等は前述の如く同人の相続人であるから同人の死後、本件土地の所有権を共同相続によつて取得したことになる。

そうすると、本件土地の前主たる被控訴人国において本件土地が控訴人等の所有であることを争つている本件において、控訴人等は被控訴人に対し本件土地が控訴人等の所有であることの確認を求める利益を有することは明らかであるから、被控訴人に対し右の趣旨の確認を求める控訴人等の請求は正当として認容すべきである。

被控訴人は、本件土地について何らの利益を主張せず、又本件土地に対する控訴人等の使用収益を妨害していないから、控訴人等は確認の利益を有しないと主張するけれども、被控訴人において控訴人等の本件土地所有権を争う以上、控訴人等はその確認を求める利益を有するものとなすべきであつて、右主張は理由がない。よつて控訴人等の請求を認容すべく、これと異る原判決を取消し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九六条、第八九条に従い、主文の通り判決する。

(裁判官 奥村義雄 竪山真一 山田真也)

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